地獄少女 第25話

400年前の裏切りと怨み。


次回で終わりという今回で、
あいちゃんの過去が明らかになってしまいました。
何の根拠のない仕来りに対する怨みと、
裏切られたという仙太郎への怨みによって、
彼女は地獄少女 閻魔あいと姿を変えて土から這い出てきた。

蓋を開けてみれば、特に目新しいお話でもなく、
正直そこはそこで知りたかったけど、最も気になってたのは
「なぜ人の怨みを聞き届け、地獄へ流しているのか」という点。
そこはもしかしてラストでも語られないような雰囲気にも見えたけど
最後にざざっと語られるかな。


「いっそのこと」という踏切を、仙太郎は最後に過っていました。
結局村人たちの声に負けて、後悔しながら土をかけてしまうのなら、
なぜ六年も祠で、、と。

所詮そんなの結果論に過ぎないし、
当事者にしかわからない苦しみが、
身を切り刻まれるほどの痛みがそこにはあったとは思う。
恨まれる理由にも十分なっていたとも。
そこがもっとも「人くささ」で、
この作品で常に見せていた人のいやらしさであって、
自分と他人。という知らずに引いていた線引きだったのかもしれない。
どんなに親しくても、どんなに好きでいても、その線は確実に存在する。



怨む者と、怨まれる者。
そこへは未曾有の憎しみがあるときもあれば、
衝動で発生することも大いにありました。
一概に善悪を振り分けられるものとそうではないもの。
誰がどう見ても怨まれて当然のもの。
当たり前のように人の数だけ形はありました。

はじめちゃんは"それを乗り越えてこそ"、と言っていましたが、
自分は、それだって場合によるに決まっていると、
ここまで見てきたけれどやはり今でもそう思う。

感情は身に見えない凶器や動機になる。
自分にも見えないから他人にも見ることは決してできないし、
その傷の深さもまた、すべては絶対にできないから、結論も完全には出せない。

一線を越えてしまうという当たり前の道徳は、
あくまで、「道徳」に過ぎないと考えてしまうと、
むしろそれがごく自然の摂理であると、たどり着いてしまうような。。
結論に達してしまうことが、いけないことのように思いました。
 って、また文章が意味なく長くなってしまった(汗)



今回もまた、シャナとほとんど同じ見方をしていましたw
能登さんにまた惚れた。最高です。
彼女がまたかわいい幼女を演じていただけるというのは、
まだしばらく、喜びとしかいえなくて(^.^)
物語とは無関係に楽しめるところでした。


もっと早く村を出るという結論にはなぜ至らなかったのだろうか。
400年間、はじめちゃんたち以外、
一人も仙太郎の家系の人に会わなかったのか。

仙太郎が最後、
炎に包まれる村を出て走っていったシーンが、少し印象的だったな。
あそこはどう捉えればいいんだろう。
炎を見て、あいちゃんを見て、彼はどう思い、笑いながら村を出たのか。
そもそも出たのか、逃げたのか。
あいちゃんを見る前に既に旅支度だったしなぁ。
自分がどちら側の立場かはわかっていたと思うんだけど。。


地獄へ流される小舟の中で、
あいちゃんが目覚めたところでおしまい。
とうとう次回は最終回。。


極めてユニークな物語で、人の闇と負の部分が
これでもかという程描かれていました。
中盤から後半にかけては繰り返しを見せられただけで、
僅かに物語りが進んでいましたが、結果がこれだとちょっと物足りない気も。

とにかくOPが好きでしたし、「いっぺん死んでみる?」は
能登さん独特で新感覚な怖さが引き出せていたと思う。
豪華なゲストも素晴らしかったなぁ。
あいちゃんもつぐみちゃんもかわいかったし(^.^)


依頼者がつぐみちゃんで、ターゲットがはじめちゃん。
とうとうこの日がきてしまいました。
最終回。受け入れられる答えがあるかどうか。
救いが最後にはあるのか、それとも流されるのか。
とてもとても楽しみです。

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