ぼくらの 第9話

 大一君が救えた命は、自分の目に見える限りの未来。

 一人ずつのエピソードってこれくらいが通常なのかな。ある一日を辿るのが一話でできる精一杯でちょうどいいです。

 大一君の家庭事情も、一般的に見られる「普通」とは少し異なる環境でした。安易に可哀想とか、辛そうとかは絶対に言えない、言ってはいけない彼の事情。
 
 でも物語は思っていた以上に波なく終わっていって、だからこそ伝わってくるものがあって、意外にストレートにぐっと来てしまった。。これも一つの変化でした。


 大一君が守ったものはこれまで通り、地球の全生命。でも彼が救いたかったのは本当は妹弟たちの未来。それしか実感が沸かず、それしか彼には見えなかった。でもそれが当たり前でした。結果的に全生命が救われただけで、それでよいと思う。そこに妹弟たちがいたのは事実だったから。

 彼に科せられていた運命の重さが他の人より重く見えたのは、彼が真面目に生きていたから、というのもあったんじゃないかな。もちろん父親の失踪はそんな言葉じゃ言い表せないのはわかるけど、彼の正義感と素直さ、献身さ真面目さ優しさ。どれをとっても目に見えてわかるものであって、ちょっと彼を知っている人ならほとんどの人が同じ印象を受けるのではないかと(宇白君も理解はしているはず)
 きっとそれって、他人の心を理解しようという気持ちが一番にあっただと思う。生きる上での最低条件にもなっていて、日々こなすにはとても簡単とは呼べない心構えを、彼は日々こなしていた。全部が全部描かれてはいなかったから、大方想像なんだけど(^_^;) 偽善には見えない、というのが大きかったからそう思いました。だから彼の人生は重さが、他の人よりも少し、"重み"があったんじゃないかと思いました。だからこそ、あの若さで閉じるにはあまりにあまりで。。


 他人の心を理解しようとする。それを、「そんなこと当たり前」と呼べるヒトが減ってきている。それは奇しくも多くのヒトが感じていることであって、ただどうにかしなきゃと思って行動にまで移せているヒトは、自分を含めて絶対的に少ない。ましてやどうしてそうなってきているのか、どこまでわかっているのかすらわからない。
 いつでもどんなものでも、わかりやすくするために分類しがちだけど、本質はそうじゃないんだろうな。何よりまず「わかりやすくする必要性」がわからない。ただ呼称して、問題をわかりやすくすることはできていても、そっから先どうしなきゃいけないのかは、何でもそうだけど簡単なことじゃないよなぁ。。



 大一君は家族にほとんど何も語ることなく、家族のために散っていきました。敢えて父と同じ言葉を遺し、消えました。確実な死を突きつけることをやめ、あたかもそれを彼らの希望にするかのように、コエムシにお願いしていたのが印象的でした。そこまでの自己犠牲。。犠牲という言葉も彼には当てはまらないのか。あーいうのはなんて呼べばいいんだろう。自分のできることをただやっただけ。己の死を目前に考えつく考え方なのか。自分には到底できない、って最終的には思いました。
 彼は尊敬できる人間でした。


 また久しぶりにコエムシさんがどなたかと交信していたり、男の軍人さん、ギミックつけてたりしたな。かなり低レベルな技術に見えたけど、二人の大人はきちんと契約されていました。

 次回は魔子ちゃん。ここまで申し訳ないがあまり印象がないんだけど(^_^;) 春香ちゃん@裕香さん。

 コエムシのそろそろ、という言葉、もちろん気になりました。

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