劇場版 機動戦士ガンダム00 -A wakening of the Trailblazer-

変革から統一。そして新たな道に導かれし人類は旅立ちました。
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 最終話から1年半。物語の中でも2年の時が過ぎていました。

 TVシリーズを見ていたとき、やはり"ガンダム"は扱いにくいものになってしまったのだな、と、思っていました。たった一つ、この作品は「ガンダム」ではない、という見方をした瞬間。つまり「ガンダム00」という作品だ、という捉え方をした瞬間、自分のこの作品への評価は相当高いものになりますw それは映画にしても同じでした。


 たぶん全体の6割くらいは戦闘だったんじゃないか、と、思えるほど、絶え間なく戦い続けていたように見えました(^_^;) ドラマを完全に斬り捨てたその切り返し良かったです。もちろんこれまでのキャラが、立ち位置変えて出てきてくれていたこともおもしろく、キャラが活きていたと思います。

 ミーナの変わりようも良かったけれど、自分はやはりブシドーことw グラハム・エーカーに熱いものを感じました(^.^) 彼が超えたかったものはガンダムではなく、刹那君そのもの。「俺がガンダムだ!」って言っちゃってるんで、結局はガンダムなんだけどw 彼の武士道は最期まで熱かったです。相当格好良かった。

 舞台は人間同士の争いから、人間ではないものへとシフトした。それがつまり、イオリア・シュヘンベルグが言っていた「いずれ巡り合うであろう異種」。彼等は一個の「人類」として、未知なる異変体と壮絶な戦闘を行うこととなりました。

 もうこの時点でどこにもガンダムである必要性なんてなくて(^_^;) 序盤ではずっと「ファフナーだね」としか思えませんでしたw ただ構成もTVと同じで、終わり10分くらい?で強制的に刹那君の彼が抱いていたすべての歪み、生きている意味についてがまとめあげられ、壮大なエンディングを迎えることとなりました。


 映画という媒体を選んだ以上、この構成は全く持って正解だったとしか思えません。ずっとはまっていなかった彼の最後のピースも、埋めてくれた。物語として全うに完結していたと思います。


 人は「知性」によって進化の道と、滅びの道。常にその狭間を行き来することとなった。進化を望む以上、必ずしやそこには戦いが生まれる。それでも尚、理解し合おうと努力すること。信じること。生きる意味があったのだということ。
 彼がここまでの戦いで得たすべてのことから、世界は実に「シンプル」なんだということに行き着きました。

 彼が歩んできた過程があったからこそ得られたこの答えは、ラストシーンで締めくくられていたと思います。平和とは何なのか。どういうことができてこそ、平和なのか。何を得られてこその平和なのか。


 今回でこの作品は「完成」して、言ってしまえば新たな一歩を踏み出したといって良い域に、人は立ったといえました。その可能性は、まだまだ無限に広がっていく。溢れていく。劇場でなんとか完結を見出せたといって良いんじゃないかな(^_^;)

 この作品をここまで見てきて、映画をみてもやはり、良かったと思えました。SEEDでは成し得ていないと思ったストーリーが、途中のやや方向性を見失っていた部分も含めw ぎりぎりで戦い抜いたと思います。


 刹那君が勝ち得たその未来。最後の最後で、分かち合えた幸せを心から喜びたいです。

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